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舞台保存会だより24 里山辺湯の原町お船の修復について

2009年11月29日

里山辺湯の原町お船の修復について

(掲載の写真はクリックすると拡大します)

 

先月の末、10月29日ですが、里山辺湯の原町会のお船の改修見積り作業があり、立ち合いに行ってきました。場所はいわゆる湯の原の中心地で芝浦荘の向かいで寿司屋の隣。ここに土蔵風の倉庫があり、山辺の人たちはこれを船蔵(ふなぐら)と呼んでいます。

午前10時に松本深志舞台修理プロジェクトの事務局長大蔵さんをはじめ、大工の山田棟梁と松沢さん、松本漆器組合の碇屋さん、木曽漆器の太田さんなどいつものメンバーが集まってきました。全面改修を行うにあたり、概算見積りを出すため調査を行うのです。町会長さんと地元の長老小林清莞氏の挨拶があり、大蔵事務局長からの注意事項の後、職人の皆さんはそれぞれお船に寄って、調査を始めました。

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(湯の原町船蔵とお船)                    (早田事務局長と町会の皆さん)

それにしても、どうして山辺のお船の修復にわれわれ深志舞台保存会が関わることになったのでしょうか。それを語れば些か胸の熱くなる感があります。

近年、湯の原のお船は彫刻などに傷みが出て部分補修など行ってきましたが、年数を経たお船はすでに満身創痍で、全面改修の議が起りました。一昨年藤井町会のお船が全面修復されたことも刺激になったのでしょう。全面改修については速やかに議決されたそうです。次に具体的にどこへ修理を依頼するかというところで議論があり、業者名も挙がっていたそうですが、貴重な文化財の修復は然るべき所でなくてはならないと意見が出て、われわれ深志の舞台修理プロジェクトに白羽の矢が立ったのだそうです。

聞けばある役員から「やたらな修繕をしたら県宝が外れるよ。」との発言があり、その一言で方針が動いたとか。候補に挙がっていた業者さんには申し訳ない話ですが、信州大学の土本研究室と契約を結んで学術調査を行い、学識者による修理審査委員会を組織して文化財としての修復方針を徹底してきたわれわれ深志舞台保存会の在り方には根本的な違いがありました。

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(修復箇所を調査する職人の皆さん)

因みにこの件、当方からは一切働き掛けをしていません。知らぬうちに新聞記事や、このホームページなどで保存会の活動を知り調べ、二ヶ月ほど前に事務局である私の許へ問い合わせてきました。要するにわれわれの仕事が認められたのです。

 

里山辺のお船は9艘があり、昭和61年に「里山辺お船祭のお船」という名称で長野県宝に指定されています。9艘はそれぞれ薄町、湯の原、新井、下金井、荒町、西荒町、上金井、藤井、兎川寺の各町会に所属しており、5月5日の須々岐水神社の祭礼に曳かれます。

私は神職として数年来、須々岐水神社のお祭にご奉仕していますので、毎年このお船を見続けていますが、見るたびに感嘆を重ねます。特にお船本体を飾る彫刻は素晴らしく、江戸時代中期から近代にかけての立川流彫刻の展覧会です。塗や錺金具にも贅を凝らしており、舳と艫となる大きな幕を前後に膨らませた9艘のお船が連なる様は壮観というほかありません。

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(立川流の象徴 鶉に粟)                          (鬼と下魚彫刻)

それにしても町場ならいざ知らず、在郷の戸数百軒前後の小さな村が、各集落でこのような見事なお船を造ったということは並大抵ではなかったはずです。現代であれば数千万円から億の単位でしょうか。山辺という地区は昔から祭り行事にかける意識が強いのでしょう。伝統は今に受け継がれ、お船祭りは松本を代表する祭礼となっていますが、お船自体の見事さだけではなくお船行事に懸けるお祭り青年の情熱が素晴らしく、これこそ祭りなんだなあ、といつも感心します。

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(湯の原町のお船 須々岐水神社境内にて)

そんな中で今回の湯の原のお船ですが、個人的な評価をさせていただければ9艘の中でも別格のお船と言えます。完成は安政4年(1857)で、山辺のお船の中では特に古い方ではありません。作者は立川富種、立川富重。彫刻もおそらく二人による共作ですが、松本平の山車・舞台彫刻でこの右に出る作品はないでしょう。支輪部の唐獅子(これは富重作と思われる)、一階の両側の大盤彫刻「二十四孝」(立川富種の刻銘がある)など、ただただ凄いの一言。圧倒されます。

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(支輪部の唐獅子彫刻)

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(大盤彫刻「二十四孝」剡子) (大盤彫刻「二十四孝」楊香)

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(大盤彫刻「二十四孝」大舜) (大盤彫刻「二十四孝」唐夫人)

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(立川富種の刻銘)

錺金具がこれまた凄い。作者は京都の錺師・躰阿弥作左衛門(たいあみさくざえもん)と伝わっていますが、さすが京都というべきか、これまで深志舞台などで見続けてきた錺金具とは作りが違います。塗も要所には螺鈿を用いていますし、おそらく9艘の中でも最もお金をかけ、最高の技術を注いで造られたお船と言えます。志ん生流に言えばナンバーワン、私には見る度にただただ凄いとしか形容が見つかりません。

 

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(湯の 原お船の錺金具) (意匠化された擬宝珠と螺鈿装飾)

修理プロジェクトの大蔵さんも言っていましたが、このようなお船の修復に携われることは大変名誉なことです。検分したところ彫刻をはじめ構造部の木材にもかなり傷みがきており、大変な作業になりますが職人さんたちにはぜひとも最高の技術でこのお船に取り組んでほしいものだと思います。

今月17日、湯の原お船保存会の全体会議がありました。夜7時に公民館に伺うと、花岡長会長や小林清莞氏をはじめ30代ぐらいの若者まで20人ほどが集まっていました。資料を見ると第6回全体会議とあります。公式にも既に5回、会議を重ねてきたのです。

深志舞台保存会からは早田事務局長と大蔵さん、私の3名が出席させていただき、われわれの修理方針と手順を説明しました。松本市教育委員会から田多井主任も出席され、県と市への補助金申請について説明をいただきました。来年5月、お祭が終ったらさっそく修復に入る予定です。

なんだか、自分のところの舞台修理より気持ちが踊ります。

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