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舞台保存会だより47 舞台の竜

2012年1月15日

舞台の竜

(写真はクリックで拡大します)

今年、平成24年は辰年。辰(シン)は十二支の第5番目で、干支の動物は竜になります。

竜は十二支の中で唯一想像上の動物ですが、社寺彫刻の中では極めて多く用いられ、霊獣として最も人気があります。その由来については専門家の研究に譲るとして、深志舞台を中心に山車・舞台に載る竜を紹介したいと思います。

社寺彫刻として竜の彫刻がどのような場所に施されているかというと、それはさまざまの個所ですが、特に重要なのは正面虹梁の上部になります。神社建築の中で本殿正面虹梁は左右の柱と共に特に重要な材で、西洋建築で謂うファサードの中核を構成します。その虹梁の上、通常蟇股(カエルマタ)と呼ばれる部分に竜の彫刻は置かれます。本殿を正面で見張り護る最も重要な霊獣ということになるでしょう。

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(茅野市の白岩観音堂とその正面の彫刻)

上掲の写真は茅野市の白岩観音堂の正面です。神社ではありませんが、立川流初代富棟の建築で、諏訪立川流の嚆矢を告げる重要な建物です。木鼻で正面と左右を睨む対の唐獅子と象と共に、竜彫刻がただの飾りでなく、外から侵入しようとする邪なものを威嚇し、社殿とその内に祀られた大切なものを守る、大切な役割を負っていることが解ります。

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(白岩観音堂 虹梁上の竜 初代立川和四郎富棟作)

山車や舞台の竜で私が特に好きなのは半田亀崎・中切組力神車の子持ち龍で、前山の正面を社殿と同様に虹梁上を飾ります。立川和四郎富昌作と伝えられます。知多の山車は動く神社建築と言われるほど社殿の形式を映しているので、このような位置に竜の彫刻を飾ることができます。

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(半田亀崎・力神車と向拝部の子持ち龍)

しかし、深志舞台はこのような社殿式の造りにはなっていませんので、持送りや2階の欄間などに竜彫刻を積載することが多いようです。

それでは本町から順次見ていきましょう。

【本町1丁目舞台】

本町1丁目舞台は、正面小屋根の左持送りを竜が支えます。因みに右の持送りは虎で、竜虎相撃つではなく、並んで正面に吠える姿です。竜が立ち上がった格好で、身を縦にくねらすポーズは珍しく特徴的です。この舞台、彫刻は井波の大島五雲ですので、その作ということでしょう。

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(本町1丁目舞台) (舞台小屋根持送りの竜)

【本町2丁目舞台】

この舞台も前後の持送りが竜です。作者は清水湧水。湧水は清水虎吉の息子で、大正から昭和期に幾つもの舞台を手掛けました。後で紹介しますが、父虎吉は竜を始め霊獣彫刻の名手でした。しかし、湧水の竜は少し様子が違います。

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(本町2丁目舞台の前後持送り 4面)

この持送り竜は写楽の役者絵のように、やたらと頭が大きく、竜の首絵といった印象です。持送りという三角形のカンバスを考えてのデザインなのでしょうが、必然的に竜の長い胴の表現はスポイルされます。お父さんの竜と比べると果してどうなのでしょうか。

本町2丁目舞台には竜がもう一頭います。それは2階高欄下の神仙図彫刻、玉巵(ギョクシ)を乗せて西王母の許へ向かう龍です。作者は太田南海。

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(本町2丁目舞台の勾欄下彫刻 竜に乗り西王母の許に向かう玉巵)

この彫刻のことについては、以前このたよりで取り上げました。(舞台保存会だより252628)それにしても、この竜の顔付きは何とも一種独特です。飄々というか、どこか惚けた表情で、竜らしい迫力とか威圧感というようなものは殆んど感じられません。戯画的です。

太田南海という人は現代に生きていれば、漫画家として成功したのではないかと思います。

【本町3丁目舞台】

本町3丁目舞台は極彩色の舞台。太田南海が設計デザインしました。鷁(ゲキ)の極彩色彫刻を飾った正面から始まり、尾羽模様の舵棒に至るまで、すべてが独創的で、従来の舞台像に捉われない斬新な意匠に満ちています。

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(本町3丁目舞台)                       (鷁をあしらったその先頭部分)

鷁首に続く正面の小屋根は通常の平入り起り屋根ではなく、向唐破風屋根です。その唐破風の裡の虹梁上に2頭の竜が彫られています。威嚇するような竜でなく、古代の文様のような一種プリミティブな竜で、アールヌーヴォ風とでも云うのでしょうか。太平鰭の葡萄唐草絵ともよくマッチして如何にも南海らしいデザインです。東洋風のオーソドックスな竜は、社寺建築・山車舞台いたるところで出会いますが、こういう古代エーゲ文明に出てきそうな竜はどこにもいません。太田南海の自由な創造に感謝します。

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(本町3丁目舞台 正面虹梁上の竜)

この舞台にはもう一頭竜が棲んでいます。

10年ほど前ですか、天神まつりで境内に置かれた3丁目舞台を、後ろから覗き込んでいる人がいました。上がり框の暖簾幕を捲り上げて、女性のスカートの中を覗くような格好で首を突っ込んでいます。

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(本町3丁目舞台 後方からの姿 天神まつり(24日朝)にて)

不審者か?と怪しんで近寄ると、保存会の太田滋さんでした。(太田滋さんは太田南海の御子息で、3年前逝去されました。)

「太田さん、何かあるんですか?」と訊くと、ちらりと私を見て

「ここに、親父の絵があるもんだから。」と答えます。

私も頭を入れて見上げると、上がり框の上の細い天井板に見事な竜の絵が描かれていました。墨絵の竜です。舞台の上がり框は狭く、誰もが屈んで出入りします。場所が場所だけに指摘されなければ町の人でも気付かないでしょう。

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(本町3丁目舞台上がり框上の「墨絵の竜」 太田南海画)

「隠し絵」という言い方は違うのでしょうが、おそらく南海の遊び心が、舞台入り口の魔除けを兼ねて描かせた秘密の竜なのではないでしょうか。

「やはり、巧いもんだな。」太田さんは何の気負いもなく言いました。

あれは確か本町3丁目舞台が改修を終えた直後のことで、滋さんはお父さんが秘かに描き置いた竜がちゃんと残っているか、確認していたのだと思います。

それにしても太田南海という人は、本町2丁目の戯画的な竜、3丁目のアールヌーヴォ風の竜、そしてこの墨絵の竜と、竜だけでもいろんな抽斗を持っています。やはり天才芸術家なのでしょう。

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(よく見たらもう一つありました。本町3丁目舞台 舵棒の竜)

【伊勢町2丁目舞台】

この舞台の竜は2階欄間の4面と、持送りで玉巵を背負う竜です。

2階欄間には竜と飛竜が刻まれています。高いところで、しかも屋根下ですから何があるのかよく分かりません。改修解体の時にはじめて確認しました。

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(伊勢町2丁目舞台2階欄間の「竜と飛竜」 舞台解体の折)

持送りの「玉巵と竜」は舞台彫刻の題材としてよく登場します。西王母の娘とされ、琴の名手で竜に乗ります。なぜ竜に乗るのか?理由は解りませんが、そういうことになっています。

彫刻の作者は原田蒼渓。蒼渓と伊勢町2丁目舞台については以前このたよりで紹介しました。(舞台保存会だより45)

本町2丁目舞台の南海の玉巵も悪くありませんが、この巫女風な、強く霊能者の雰囲気を漂わせた蒼渓の玉巵が私は好きです。

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(伊勢町2丁目舞台の持送り「玉巵と竜」)

深志舞台には他に飯田町1丁目舞台に玉巵と竜がいます。また後ほど紹介します。

【博労町舞台】

博労町舞台の彫刻作者は立川和四郎と伝えられています。但し、どの和四郎なのか。富棟か、富昌か、あるいは富重なのか不明です。初代富棟は山車舞台を手掛けていませんので、おそらく違うでしょう。すると二代富昌か三代富重ということになりますが、間瀬恒祥先生は、彫刻の波の形などから、幕末の作ではないかと推断していました。すると安政(1854~59)以降、富昌の晩年か、富重ということになります。

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(博労町舞台)

しかしこの舞台は、明治3年(1870)に博労町が購入し(どこから買ったのかも不明ですが)その際、大改修を施したと記録があります。明治初年に大掛かりな修理を施したということは、製作自体はそれより5,60年前と考え、幕末を遠く遡り、文化・文政年間(1804~1829)あたりかと推測しますが、どうなのでしょうか。

いずれにせよ博労町舞台は、現在の深志舞台で唯一立川和四郎作とされる彫刻を搭載する舞台で、たいへん貴重です。他所から持ってきたとされる支輪部の神仙図彫刻は別として、富昌か富重かは極められなくとも、立川工房の作品であることは間違いないでしょう。

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(博労町舞台の2階) (天井支え板 金箔を張られているので模様が判りにくい)

さて、その博労町舞台の竜ですが、2階金天井四周の支え板彫刻と、持送りになります。

天井の支え板は、天井と同じく金箔押しされています。その下の欄間部分には四周に雲鶴の彫刻が廻っていますので、その雲の上の竜ということなのでしょう。

持送りの竜は、舞台の右後部で小屋根を支えます。因みに前部は鳳凰と麒麟、対になる左後部は霊亀です。この4種の霊獣は「四霊」とも呼ばれ、瑞運を齎す特にめでたい霊獣とされます。深志舞台の立川の四霊彫刻はこれだけで、勿論貴重なものです。

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(博労町舞台 持送りの竜)

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(博労町舞台の持送り彫刻 四霊獣)

思いのほか長くなってしまったので、残り後半は、回を改めて紹介したいと思います。

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