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舞台保存会だより78 天満宮御鎮座400年祭斎行

2014年8月23日

天満宮御鎮座400年祭斎行

7月25日から27日にかけて、深志神社例大祭、並びに天満宮御鎮座400年祭が斎行されました。三日間とも好天に恵まれ、祭典・奉祝行事とも無事に執行することができました。

天満宮御鎮座400年については、以前にもその由緒を記してきましたので詳述はしませんが、要は深志神社に天神様が祀られて400年、すなわち深志神社が天神社となって今年で400年目ということ。百年に一度の記念すべき年だから盛大にお祭りしましょう、ということです。(舞台保存会だより62

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(天満宮御鎮座400年を迎えた深志神社)

したがって、もし今年が300年目であれば300年祭として、また500年経っていれば500年祭としてお祭りすることとなったのでしょうが、400年というのは少し意味があります。それは400という数字についてではなく、今から400年前という時代が、天満宮を祀るに当たって意味を有すると考えられるのです。

400年前は慶長19年(1614)、江戸時代の最初期です。大坂冬の陣の年で、翌年は元和偃武。長く続いた戦塵は完全に収まります。戦国から泰平へ、時代が切り替わる年でした。

この年にあらためて天満宮を祀った松本城主・小笠原秀政公の意図は、これからの時代に町を護り発展させてゆく力は武力ではない、知識や文芸、学問の力である。文化の高低が社会の指標となるのだと、そのように将来を見据え、城下町の鎮護の宮である深志神社に天満宮を祀ったのではないでしょうか。

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(400年祭の祭典風景 舞台の前を宮司以下祭員参進)

実際に江戸時代はさまざまな学術・文化が華開き、庶民も等しくこれを享受する日本のルネッサンスともいうべき時代になりました。天満宮の御鎮座は、単に深志神社の社史上の事跡ではなくて、この城下町にとって画期的で象徴的な出来事だったと思われます。

松本市は近年「楽都、岳都、学都」とか言って、「ガクト」を標榜していますが、天満宮奉斎を初年とすれば「学都400年」と称してもよいのかも知れません。

尤も松本市のどこが「学都」なのか?正直なところあまりピンときませんが…。

さて、かように意味深い「深志神社天満宮御鎮座400年祭」は、例大祭と併せて三日間に亘り執り行われました。舞台も三日間の出場です。25日の宵には16台の舞台が社前に整列しました。

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(7月25日夕刻 境内に曳き入れられる舞台)

今年は宮村町1丁目舞台が修復を終え、中町番*ということで社前整列の先頭に並びました。平成の舞台修復事業が完了し、すべての舞台が華やかに装いを整えての勢揃いです。舞台保存会としても今年は記念の年、画期の祭りとなりました。

(*中町番…深志神社での舞台並び順は、本町番と中町番があり、隔年で交代します。中町番は親町である中町三町と中町の枝町である宮村町、小池町、飯田町の舞台が拝殿近くに並びます。)

舞台が境内で動くのは宵祭りの曳き込みと、本祭りの後、再び町内へ出発するときの2回だけです。祭儀や奉祝行事の間はずっと神前に並んでいます。ただ並んで在るだけですが、私はこの景色が好きです。社前に十数台の舞台がずらりと並ぶ姿は何と言っても壮観ですし、実際これだけの数の山車が、まさに社前に堵列するというのは、あまり例がありません。率直に『すごいな!』と思います。

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(境内に整列した舞台)

その様子は、なにか武家の棟梁の許へ集まった強者の郎党たちが御前に控えているような、或いは天の岩戸開きのため、天安之河原(アメノヤスノカワラ)に集まった神々のようにも見えます。

舞台の前には神楽殿があり、ここで神楽舞や舞踊が奉納されます。舞台(山車)の前で舞台(神楽殿)というのも考えてみれば妙ですが、16台の舞台を背景に演じられる奉納歌舞というものは、ロケーションとして大変見栄えがします。実際、舞台(山車)たちは主人の祝儀に招かれた賓客や郎党のように、或いは天鈿女命の舞にどよめき咲(ワラ)う神々のように、一年に一度の祭りを存分に楽しんでいるのかも知れません。

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(今年は25日が宵祭りとなりました。舞台と境内の賑わい)

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(26日天満宮御鎮座400年祭 神楽殿を中心に催された奉祝行事)

さて、今回の400年祭には盛大な行列行事を企画しました。神輿、稚児とともに16台の舞台を縦列に行進させる一大神幸行列です。例年の祭りでは本祭りの後の舞台は祓いを受けてそのまま各町会に散ってゆきますが、今年は神輿の後に続き、伊勢町まで神幸行列を連ねることとなりました。12年前、「菅公御正忌1100年大祭」の折に実現した大行列を今一度再現しようという訳です。期日は大祭三日目の27日。天満宮御鎮座400年祭の掉尾を飾る一大イベントとなりました。

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(舞台に見守られて先ず神輿が出発 いよいよ神幸行列の開始です)

7月27日午後1時40分、先発した神輿行列を追って舞台が動き始めました。宮村町1丁目舞台を先頭に1台ずつご神前に進み、祓いを受けては天神通りへと出て行きます。祓いをする時間はわずかですが、16台もありますから、すべての舞台が神前を通過するまで、概ね30分はかかります。先に行った舞台の進行が気に掛り、祓いを終えるとすぐに着替えて、舞台の後を追いました。

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(舞台出発前 境内に曳き手が集まる) (安全運航を願い 舞台を祓う)

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(伊勢町までの舞台運行予定図)

計画では、神社を出発した舞台は宮村通りから駅前通りを西に進み、本町を横切って国府町から伊勢町へ向かいます。舞台は伊勢町通りで東向きに旋回し、Мウイングを中心に約200メートルの縦列舞台揃えとなります。但し行事の都合上、3時までに全舞台は伊勢町に到着し、整列していなくてはなりません。数台の舞台であれば何の問題もないでしょうが、なんといっても深志舞台は16台です。果たしてすべての舞台が時間までに到着できるのか?やったことのない試みなので胸中不安が渦巻きます。

《無事に動いているだろうか?》《信号に脚止めされて1,2台ずつしか本通りに出られないのではないか?》《脚の遅い神輿に進路を阻まれ、牛歩となった舞台たちが大渋滞してしまったらどうしようか…。》速歩で舞台を追いながら、良くない予想ばかりが頻りと脳裏を掠めました。

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(1丁目を先頭に中町の舞台曳行) (駅前通りを進む舞台 殿は本町5丁目舞台)

しかし、神社から宮村通りに出てみると、すでに舞台の姿はありません。「宮村町」交差点で脚止めを食い、この通りに10台も渋滞していたらどうしようかと気を揉んでいたのですが、最初の大きな関門は無事に通過したようです。ほっとして駅前通りに出てみると、最後尾の舞台はすでに「深志三丁目」交差点・小池町を通過しようとしていました。思いのほか順調です。「飯田町」交差点あたりで舞台の車列に追いつくと、殿の隊列は本町の5台で、本当はいけないのですが堂々と中央の車線を占めて西に向け曳行してゆきます。先に目を遣ると伊勢町の舞台群が、「国府町」の交差点を右折しようとしていました。どうやら地域課の警察官が5,6台ずつまとめて誘導してくれたようです。順調過ぎるほど順調です。

『先行隊はもう到着してしまっているかも知れない。』と逆に少し慌てて脚を急がせると、案の定、伊勢町では既に先頭舞台が到着していました。そして小池町舞台を先頭に予定のグリットに駐車しています。一つ安堵の息を吐きました。

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(伊勢町交差点をバードアイで Мウイング付近はすでに一方通行状態に)

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(伊勢町を行き違う舞台 悠々として渋滞などには動じません)

その後、第2陣、3陣の舞台が伊勢町に到着すると、広そうに見えて狭い伊勢町通りは舞台で溢れかえり「伊勢町」交差点を中心に大きな渋滞が発生しました。渋滞回避のため舞台はいったん裏通りを迂回して表通りに出る計画だったのですが、事前に調べてみると大型舞台は高さの関係で裏通りに廻れません。伊勢町通りの中で旋回しなくてはならず、通りの両側を舞台が動く事態になってしまったのです。一般車は左右を舞台に挟まれて身動きの取れない渋滞に陥りました。罵声が飛んでくるのではないかとヒヤヒヤします。しかし、安協駅前支部の皆さんと、地域課駅前交番の警察官の交通整理のお蔭で、大きな混乱もなく、短時間で16台の舞台が所定の位置に整列することができ、渋滞も解消しました。

全舞台着列完了、午後2時45分。連合艦隊司令長官ではありませんが、本当にほっと胸をなでおろしました。

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(伊勢町に16舞台が着列完了 松本パルコ屋上より)

この場を借りて安協駅前支部の皆さんと、殊に地域課駅前交番の警察官の方には、厚く御礼を申し上げたいと思います。特に交通整理していただいた3名の警察官には本当に感謝いたします。舞台運行の潤滑にご尽力いただき、さらに当初の打ち合わせでは交通整理は「国府町」交差点までの予定だったのですが、伊勢町まで脚を延ばしてくださり、そこで発生した渋滞にも適切に対処していただきました。警察の協力なしには舞台行事の成功はなかったと思います。本当にありがとうございました。

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(伊勢町での舞台たち 暫時休憩)

行列運行が順調に過ぎたため、予定より15分も早く舞台整列が完了しました。そこで伊勢町でのお囃子パフォーマンスは5分早めて2時55分から始めることになりました。

伊勢町商店街のPAを使って、町全体に笛師さんのお囃子を鳴らします。その笛に合わせて16台の舞台が一斉に太鼓を叩くのです。こんな企画も初めてです。

多くの舞台にはお囃子スクールの子供たちが乗り、構えています。叩ける子供のいない舞台では、昔の子供が撥を握るようでした。スクールの始まる以前だったら、こんな企画は考えることもなかったでしょう。

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(Мウイング前、お囃子の笛を奏でる笛師さん)

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(舞台の中で太鼓を打つ子供たち)

お囃子指導者会長・福井さんの挨拶の後、3人の笛師さんが、お囃子「はなぐるま」を吹きはじめました。街頭スピーカーに乗り、伊勢町のビルの間を軽やかな笛の音が響き渡ります。太鼓も笛に合わせて打ち始めますが、こちらは例によって訥々としたものです。

漸く落ち着いて通りの先に眼をやると、ビルに挟まれた東の空には王ヶ頭の岩稜が聳えています。降り注ぐ夏の陽射しの中、爽やかな笛の音がその青空に吸い込まれていくのを、心地よくみつめていました。

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(伊勢町センタービルより)

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