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舞台保存会だより4 伊勢町二丁目舞台の彫刻について2008年11月 1日

伊勢町二丁目舞台の彫刻について

 

ただいま改修工事中の伊勢町2丁目舞台、その舞台彫刻について解説をしたいと思います。

この舞台の彫刻は原田蒼渓の作と伝えられています。原田蒼渓は天保6年(1835)伊勢町の生まれで名は倖三。家は代々立川流の流れをくむ大工で、父恭助(幸三郎)は県宝に指定されている現在大町市大黒町舞台である当時松本本町2丁目舞台を大工として造っています。因みにこの舞台の彫刻は名工立川和四郎(年代から推して二代富昌か?)。時に天保9年(1838)、倖三はまだ3歳ですが父と和四郎の仕事をどこかから垣間見ていたのでしょうか。いずれにせよ父の手がけたこの見事な舞台が倖三の創作意欲と矜持を強く刺激したことは疑いのないところでしょう。

大町大黒町舞台 001 伊勢町2丁目舞台 039

          大町大黒町舞台                                  伊勢町2丁目舞台

原田蒼渓は鳥や獣などの写実的な表現が特に優れていると思います。舞台や社寺建築の彫刻だけでなく写実的な所謂彫塑作品を数多く残しました。木理に適った彫刻に巧みで、彼の彫った鶉は2度までも飼い猫にくわえ去られたといいます。

さて伊勢町2丁目舞台の彫刻ですが、なんと言っても目に付くのは4人の仙人を配した前後の持ち送り、そして勾欄下の牡丹の彫刻でしょう。

伊勢町2丁目舞台 021 伊勢町2丁目舞台 024 

                玉巵(ぎょくし)                                  傘風子(さんぷうし)

伊勢町2丁目舞台 027 伊勢町2丁目舞台 018

              琴高(きんこう)仙人                               盧敖(ろごう)仙人

四仙人は「玉巵(ぎょくし)」「傘風子(さんぷうし)」「琴高(きんこう)」「盧敖(ろごう)」。大胆な透かし彫りの彫刻で強い存在感がありこの舞台の個性を演出しています。仙人は人物彫刻を得意とした立川流十八番(おはこ)の題材で、鯉に乗る琴高仙人、亀に乗る盧敖仙人などは大黒町舞台を始めあちこちの舞台・社寺彫刻でお目にかかります。玉巵は西王母の娘とされる神仙で、琴を携え龍に乗った姿で登場します。本町2丁目の舞台には太田南海が彫っていますので、これら作品を見比べるのも楽しいでしょう。

大町大黒町舞台 008 大町大黒町舞台 007

  大町 大黒町琴高(きんこう)仙人                  大町 大黒町盧敖(ろごう)仙人

 本町二丁目舞台彫刻 019伊勢町2丁目舞台 023

      本町2丁目 玉巵(ぎょくし)                  伊勢町2丁目 玉巵(ぎょくし) 部分

しかし傘風子は極めて珍しい。古い立川彫刻には例がありませんし、そもそも傘風子自体が何者なのかよく分からない。おそらく中国本土には典拠がなく日本で発生した神仙ではないかと思われます。傘風子ですぐ思い浮かぶのは葛飾北斎ですが、北斎以前にこの神仙に触れた記述や絵画があるのか、ご存知の方がいたら教えてほしいと思います。

                                伊勢町2丁目舞台 026 

傘風子(さんぷうし) 部分

伊勢町2丁目舞台は完成が明治35年ごろと伝えられますから、これら作品は蒼渓60代後半の仕事ということになりましょうか。蒼渓が他の仙人ではなく敢えて傘風子を選んだ理由というのはもちろん分かりませんが、私にはこの像があたかも晩年を迎えた蒼渓自身の自画像のように感じられ非常に魅力的に映ります。

さて、原田蒼渓の彫刻についてはもう少し書きたいことがありますが、また次回にしたいと思います。

 
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