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舞台保存会だより13 修復工房に行ってきました2009年4月14日

修復工房に行ってきました

(たより内の画像はクリックにより大きくなります)

 

春らしい日差しが溢れはじめたこの7日、木曽平沢の財団法人塩尻・木曾地域地場産業振興センターの修復工房を訪ねてきました。

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修復工房作業場 大型の塗り物はここで行います)

木曾地域地場産業振興センターは楢川村の時代から漆器産業に関わる人と会社の組合として建築関係の大型漆塗事業を手がけて全国的にも先進的な事業団体で、近年では厳島神社の舞台の修復などにも携わっているそうです。現在修復が進められている深志舞台も漆塗はすべてここが受け持っています。

修復工房は国道沿いの「木曾くらしの工芸館」から右に折れ平沢の町へ抜ける手前、現在塩尻市楢川支所となっている役場の隣にあります。すぐ裏は諏訪神社が鎮座する小山で、その杜に隠れるように特になんということのない工房の建物がありました。

中に入ってゆくと4人の職人さんがこれから午後の作業に取り掛かるところでした。昼休みを終えたところだったのでしょう。職人さんたちは気さくに私を迎え入れ、世話話をしながら作業に取り掛かりました。

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(漆塗作業 奥の灰色の部分はこれから塗るところ)

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(これが錆土(サビツチ) 木曾の漆産業にとってとても重要な粘土なのだそうです)

本日の作業は中町2丁目舞台の大屋根の下塗りで、裏返しに据えられた二階屋根の垂木部分を、錆土でやや灰色に下地処理してある上から黒漆を塗り重ねてゆきます。職人さんたちは腕を左右に大きく振りながら刷毛を揮います。苦もなさそうに見えますがやはり熟練の手捌きなのでしょう。まもなく4人はまったく無言になって黙々と作業に集中してゆきました。

2009_0408木曾・山田修復風景0012 2009_0408木曾・山田修復風景0013 (作業風景 職人さんはそれぞれ楢川の独立した塗師です)

脇には作業途中の小屋根(一階の庇屋根)も立てかけられていました。この小屋根は梨子地という高級な塗りの技法で仕上げられています。梨子地というのは蒔絵技法のひとつで金粉・銀粉など金属粉を細かく散らし、梨の実の肌のような地文様に仕上げる塗りのことです。当然のことながら豪華で高級な仕上がりを演出します。透明に近い梨子地漆を何度もかけて深みのある面を作るのだそうです。出来上がりが本当に楽しみです。

2009_0408木曾・山田修復風景0010 2009_0408木曾・山田修復風景0011 (仕上げ途中の小屋根 すでに6回塗り重ねられているとのこと)

梨子地というのは蒔絵の一種ですから、手間も掛かりたいへん高価な塗りです。私の知る限り深志舞台の中でこの技法を用いているのはこの中町2丁目と本町1丁目舞台だけです。舞台新造に当たっての町の意気込み、職人の気概がうかがえます。

本町一丁目舞台 034 本町一丁目舞台 049 (本町1丁目舞台の小屋根 修復前・後 梨子地の上に更に螺鈿と卵殻で華やかに装飾している)

この舞台の塗りを担当したのは高森正司という職人であったことが、解体の際屋根裏にかかれた墨書により判明しましたが、どこのどういう人物であったのか分かりませんでした。木曾にも無い姓だそうで松本の職人さんも知りません。ところが「新松本繁盛記」の中町の項に高森の名があると聞き、調べてみますと確かにありました。昔の中町の町内地図が掲載されており、中町から小池町に曲がる角、現在の松本証券の駐車場になっているところに「ウルシ職 高森」と表記されています。ここに高森という漆職人が住んでいたようで、これが塗師の高森正司であることはほぼ間違いないでしょう。

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(「新松本繁盛記」掲載の中町町内地図、太田家が南海の名前なので昭和初期か?)

因みにその筋向い、小池町との堺に「田口」の表記があります。これは舞台の錺金具を担当した田口宇一郎の家だそうです。現在蔵シック館の土蔵がある辺りでしょうか。さらにウルシ職高森の二軒東に「人形店 太田南海」の名前があります。南海とありますがここが人形師太田鶴斎の家です。中町2丁目舞台は大工以外は中町の向こう三軒両隣といった職人仲間によって製作されていたのでした。

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(二階天井裏の墨書、手前に障害物がないのですべての名前が確認できる)

詳しいことは不明ですが、墨書に出てきた職人の所在が判明したことは嬉しいことです。深志舞台は明治期から小川久吉など小池町の小川氏が多く塗りを請け負いました。小川氏の得意は江戸時代より伝承された家伝の特殊な鞘塗りで、その手がけた殆どの舞台の小屋根にはサインのようにこの塗りを用いています。それに対し塗師高森正司は請け負ったこの町内の舞台に蒔絵技法を用いました。おそらくカネではない、自分の技と職人としてのプライドを示したかったのではないでしょうか。

舞台の制作というのは町と町、職人と職人との張り合いです。塗り一つについてもそのような張り合いはありそうな話で、想像するのは楽しいことです。

2009_0408木曾・山田修復風景0028 2009_0408木曾・山田修復風景0020 (完成間近の伊勢町2丁目舞台)

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(山田工務店作業場 写真を撮ろうと思ったら若い職人さんが態々退いてくれました)

翌日、清水の山田工務店の作業場にも行ってきました。こちらでは伊勢町2丁目舞台が完成間近です。5月31日が竣工お披露目だそうです。

PS.修復工房の作業風景は、「木曾くらしの工芸館」のホームページ・ブログ「ならかわデイズ」で見られます。この深志神社のホームページからリンクでは入れますのでどうぞ併せてご覧ください。

 
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