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舞台保存会だより28 太田南海の本町2丁目舞台彫刻について(続々)2010年3月28日

太田南海の本町2丁目舞台彫刻について(続々)

(掲載の写真はクリックすると拡大します)

 

前々回とその前の回(舞台保存会だより25舞台保存会だより26)に続いて、本町2丁目舞台の高欄下彫刻について記したいと思います。

松本深志舞台保存会で舞台の由緒板を製作したのは平成17年でした。由緒板は製作を木曽に依頼して漆塗りの美麗のものに仕上げましたが、せっかく作るのだから内容も解り易く正確な情報をと心掛け、各町会と相談し合意をとりながら記述内容を纏めました。

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(舞台由緒板 これは昨年追加製作した東町2丁目のもの)

本町2丁目舞台の記述についても何度か校正を重ねましたが、高欄下彫刻の題名については結局確信のある結論は出せず、西王母や張果老の他はテキトウに神仙図とか記載してごまかしたような気がします。

いや、それどころか右側面の虎を脇に従えた人物に「鄭思遠(ていしえん)」などという超マイナーな仙人と云うか医師を探しだしてきて、得々として表記したりしていました。《もちろん間違い、でも北斎漫画の中にそっくりの絵があったのです》まったく、調査が違うの、どうだのと、他人のことはとやかく言えません。

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(本町2丁目舞台高欄下彫刻 虎を脇に従えた老人「豊干(ぶかん)」)

そんなわけで、若干心残りな部分はあるものの16枚の舞台由緒板が完成して少し気楽になった頃、ふと思いついて大町大黒町の舞台を見にゆくことにしました。あらためて言うまでもなく本町2丁目の先代の舞台です。天保9年(1838)の完成、明治21年(1888)に売却され、爾来100年余に亘り大町市大黒町舞台として、町の宝と大切にされ運行されてきました。昭和62年には長野県宝に指定されています。

本町2丁目町会は昭和の舞台新造に当ってこの舞台を視察に行っています。(昭和7年ころ)太田南海も間違いなく見ていることでしょう。彼の眼に大町の舞台がどのように映ったのか、それを感じたいと思いました。

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(大町大黒町舞台)

たしか平成18年の夏だったと思います。舞台が出る若一王子神社の例祭は当時7月27日、深志神社例祭の二日後です。大祭直後で少し重い体を励ましながら出掛けて行きました。

大黒町舞台は午前中に組み立てられて町内の空き地に置かれ、午後になると他の5台の舞台とともにJR大町駅の近くの五日町の路地に並びます。憧れていた舞台ですが、現物を見るのは初めてで強い興奮を覚えました。

舞台は思っていたよりは小ぶりな印象で、錺金具も少ないためか、あまり派手やかさは感じさせません。しかし木材の質を始め、その造り・厚み、そして彫刻の素晴らしさは圧倒的で、まさに立川流の技術の粋を感じさせるものでした。

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(大黒町舞台 持送り「龍」) (大黒町舞台 「唐獅子」)

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(大黒町舞台 「力神」)

彫刻は立川和四郎二代目の富昌。持送りの龍や唐獅子、舵棒を担いだ力神も見事ですが、やはり最後は高欄下の七仙人に目がいきます。(地元では七賢人と称しています)この7枚の仙人像は取り外しができ、管理する人の少ない昼や夜間は外して仕舞われ、ここぞという時に取り付けるのだとか。それほどまでに大切に扱われているこの七仙人彫刻は県宝舞台の中の宝、まさに大黒町舞台の象徴とも言えます。

その七仙人とは、正面に「呂洞賓」「張果老」、右側に「琴高」「盧敖」、左側に「鉄拐」「蝦蟇」、そして背面に「東方朔」の7人。

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(大黒町舞台高欄下・正面「呂洞賓」「張果老」)

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(大黒町舞台高欄下・右側面「琴高仙人」「盧敖仙人」)

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(大黒町舞台高欄下・左側面「蝦蟇仙人」「鉄拐仙人」)

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(大黒町舞台高欄下・背面「東方朔」)

この彫刻については作者・富昌による覚書が残されています。松本の某有名料亭にあり、内容は舞台建造の施主である本町2丁目宛に、右の彫刻を制作しますと謳った請書です。ただし、実際の彫刻とは数と題材が若干違います。「覚」5項目の「濡羽鳳凰仙人 二挺」は高欄下彫刻の中にはなく、代わりに琴高・盧敖・東方朔が配されています。覚えはあくまで予定であり実際の製作結果は別ということでしょう。しかしこれは、舞台彫刻の製作について、その題材の決定と変更に関する主導権は職人の側にある、ということを暗示しており、意外に重要なことと思われます。

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(立川和四郎富昌による本町2丁目宛「覚」)

大町からの帰り道、車のハンドルを握りながら大黒町舞台の印象をゆっくり咀嚼しつつ、思うともなく考えました。『太田南海はあの舞台を見てどう感じただろうか。制作者として彼の仕事にどう影響したのだろうか?』更に『しかし、誰であれあの七仙人の彫刻を見せられたら、あらためて八仙人の彫刻など彫る気になるだろうか?』と解決の着かない疑問が浮かびます。『…ではもし八仙人でないのなら、彼らは何者なのか?』

昔の社村の辺りにさしかかる頃、アルプスは漸く蒼いシルエットになろうとしていました。私は本町2丁目舞台の彫刻、特に右側面の、大きく口を開けて笑う二人の人物を思い浮かべていました。『あんな見事な表情のある彫刻は立川流であれ何であれ、誰も表現したことがない。まったく太田南海独自の世界だろう。それにしても、あの連中は誰なのか? …二人揃って笑いと云えば、寒山拾得だが…』

ぼんやりとそこまで考えて、思わずどきりとしました。

そう、笑い合う人物は「寒山と拾得」。その奥で虎を従えた老人は二人の師匠である「豊干(ぶかん)」でした。

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(本町2丁目舞台高欄下彫刻「寒山」) (本町2丁目舞台高欄下彫刻「拾得」)

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(本町2丁目舞台高欄下彫刻 拾得の足許にはよく見ると箒が置かれている)

寒山拾得は仙人ではありません。彼らは唐代貞観の頃、天台山国清寺に居たとされる詩人・禅僧です。とはいうものの寒山は付近の山中に棲む乞食ですし、拾得も寺の飯炊きにすぎません。寒山は乞食とは云いながら一応詩人ですから巻物を手にした姿で、また拾得は箒を持った姿で禅画などに画かれます。その際二人は寄り添って、必ず大きな口をあけて笑っています。絵では大抵みすぼらしい醜怪な容姿で大笑いする様で表現されますが、その笑いは対象のない謂ば絶対的な笑いで、この笑いこそ寒山拾得の本質・本性と言えます。

この寒山拾得という思想は東洋思想の中でも極めて玄妙かつ高度なもので、痴愚者の如きこの二人は仏教思想の中では人間の最高段階、菩薩を表しているとされます。それは或る種、人類の理想の姿で、禅の世界だけでなく老荘思想、いやもっと深い土着の民衆信仰に根ざした、東洋的な聖の究極とも言えるのでしょう。

因みに寒山は文殊の、拾得は普賢の、そして豊干は阿弥陀如来の化身とされます。

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(「寒山拾得」昭和17年 太田南海作)

長々と書き記してきましたが、本町2丁目舞台に太田南海が施した彫刻は、正面に「東方朔」、左側面に「西王母」「玉巵」「梅福」、背面に「張果老」、そして右側面に「寒山」「拾得」「豊干」となります。結論として彼は八仙人を彫りませんでした。

請書の中で題材を八仙人と決めながら、なぜそうしなかったのか、それは勿論解りません。しかし、やはり大黒町舞台の七仙人が影響しているのではないかと思います。

以下は想像ですが、南海は当初、八仙人を彫る予定だったのでしょう。しかし、あの七仙人を見て彼は何か制約的のものを感じたのではないでしょうか。

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(本町2丁目舞台高欄下彫刻「寒山拾得・豊干」左下に南海作の刻銘が見える)

近代芸術の大きな特質は作家による自由な創造の展開にあります。競う相手が立川和四郎であれ、南海には負けない作品を仕上げる自信はあったと思います。しかし、江戸時代以来の伝統的彫芸の世界という他人の土俵で仕事をすることに、不自由さ・嫌気を感じたのではないでしょうか。

そして制作されたのが上記の彫刻群でした。はっきり言ってテーマに統一感はありません。シチュエーションも4面それぞれです。しかし、それらはみな太田南海の特に好きな素材のようです。

制約の多い八仙人というテーマをすっぱりと諦め、自分の大好きな神話や伝説の素材を自由に集めてきた。これは芸術家太田南海が舞台というカンバスに画いた、まさに南海ワールドともいうべきパラダイスではないかと思います。

しかし、あの世で南海翁は言うかもしれません。『何を訳の解らぬことを言う奴か。わしは一度も八仙人を諦めてなぞおらんわい。この彫刻の中の人物たちこそ儂の八仙人じゃ。』と

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(太田南海)

太田南海は寒山拾得が好きだったようで彫像も制作していますし、絵も描いています。後日、当時保存会の役員だった故太田滋さんに、この人物像が寒山拾得であることを告げると、氏は『あっ、そうか』と膝を叩いて納得し、南海と寒山拾得のことをいろいろと話してくれました。

そして、私の撮り貯めた舞台彫刻の写真アルバムを見ながら『うーん、あらためて見ると、これは親父の最高傑作かもしれないなぁ。』と呟きました。

私もそうではないかと思います。

 
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