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舞台保存会だより39 お船たちの解纜(かいらん)2011年5月15日

お船たちの解纜(かいらん)

(掲載の写真はクリックで拡大します)

 

 

去る3月20日、県宝「湯の原町のお船」が修復竣工し、入魂清祓い式が行われました。場所は解体清祓い式と同じ湯の原町船蔵の向かいの芝浦荘駐車場。当日は遅い春一番か、嵐のような強い南風で、トリコロールカラーの舳と艫をはためかせたお船は、まさに解纜、船出する姿でした。

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(竣工式に臨む湯の原町のお船)

思い返せば一昨年の10月、船蔵での修復見積りに立ち会って以来約1年半、松本深志舞台保存会の事務局という立場で、湯の原町のお船に関わらせていただきました。管見ながら県内最高の山車と認めるこのお船の修復に関与することができたことは、舞台やお船を愛好するものとして無上の喜びでありました。

この「舞台保存会だより」でも、第24回を皮切りに、30回33回34回36回、そして今回と、湯の原のお船について都合6回採り上げてきました。この山車については報告に留めることができず、感ずること思うことが特に多かったように思います。

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(湯の原町お船 本体部分)

修復過程を追って、久しぶりに修復工房も訪問しました。木曽漆器文化財修復工房を訪ねたのは昨年の暮れ、この冬初めて雪景色となった木曽路を走って平沢の工房に伺うと、濃い水蒸気の立ち込める作業所の中で、10人ほどの職人さんが作業に精を出していました。以前、中町2丁目舞台の修復を追って来た時(舞台保存会だより13)よりだいぶ人数が増えています。

『大きな山車で工期も迫っているから、職人さんに動員を掛けたのかな』と思って見ると、4人は20代ぐらいの若い職人さんです。

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(作業中の職人さんたち この人たちはベテラン)

親方の職人さんが作業場を案内しながら進行中の仕事を説明してくれました。

「そこにあるのは名古屋の山車の修理セ。屋根だけだけどね。…そっちのは上野の東照宮の桟唐戸。いやー、細かい仕事で参った。数も多くてね。仕上がったのは梱包してセンターに送ってあるで、よかったら帰りに見ていきましょ。」

湯の原だけではなく、県外からも文化財関係の仕事が舞い込み、職人さんたちは並行していくつもの仕事をこなしているようです。人数も要るはずです。若い職人さんたちは組になって部材の下塗り作業をしていました。

「近頃仕事も増えたもんだから、若い人が戻ってきてくれてね。…都会も不況でなかなかいい仕事がないようだし。」

漆器産業は近年需要も下降気味で、どちらかと言えば斜陽産業のはずですが、木曽の漆産業はこうした文化財修復や建設関係の仕事が増えたため、伸びているのです。若者もUターンで木曽に戻り、若い漆職人として腕を研いています。

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(若い職人さんたち)

「これも深志神社の舞台のお蔭だんね。」

親方にさらりと言われて、思わず胸が痺れました。社交辞令も多少はあるでしょうが、お世辞を言う人ではありません。

ここ10年ほど深志舞台は毎年修復を行い、そのすべての漆塗装を木曽地域地場産業振興センターに依頼してきました。その仕事は確かに木曽漆器の新しい事業の基礎になった筈です。別に私が図ったことでもありませんが、自分の関わる修復事業により伝統産業の地域活性化が進んでいることを知り、胸が熱くなりました。

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(地場産業振興センターの倉庫で 梱包され出荷を待つ製品たち)

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(完成間近の小屋根 これは惣社のお船のものでした)

この日見学した作業はほとんど研ぎや下塗りの作業でしたが、脇に美しく塗られた小屋根が置いてあります。

「それはね、惣社のやつセ。惣社の山車はもうだいたい終わったで。」と親方。そう、山辺の隣、惣社のお船も修復に入っていたのでした。

惣社のお船についても、数年前から個人的に修復の相談を受けていました。しかし、文化財には指定されていないため補助金の交付は難しく、結局町単独で直接この木曽地域地場産業振興センターと契約して修理に入っていました。昨年の8月29日に魂抜き神事を行っています。

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(惣社のお船 修復前 魂抜き清祓い式にて)

その時も私はこのお船を見ていますが、小屋根など殆んどボロボロで『この辺はまったく新調したほうがよさそうだな』と思ったほど。それが見紛うばかりに仕上がっています。

「ちょっと、サービスし過ぎたかね。普通はここまではやらないがね。」親方は笑って言いました。

惣社のお船は、この4月11日に竣工しました。

あらためて紹介すると、このお船は明治20年の製作。5月3日の惣社伊和社の例祭に曳かれます。小振りなお船ですが、羨ましいのは子供が沢山いることで、3日のお祭りには小さな子どもたちが鈴なり状態で乗ります。お囃子も町内で伝承されており、こちらはやや高齢な保存会のメンバーが伝統の音色を守っています。囃子はやはり山辺の流れを汲んでいるようです。

明治20年というと今からちょうど124年前ということになりますか。また一台、伝統の山車が輝きを取り戻し、新たに船出をしました。

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(竣功なった惣社のお船)

この際もう一台のお船も紹介しておきたいと思います。惣社の隣の地区、大村のお船です。

大村のお船は元は山辺のお船で、それも湯の原町のお船です。安政3年(1856)、湯の原町のお船新調にあたり、金10両で譲渡を受け購入しました。

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(大村のお船 大村の神社前にて)

舞台やよその地区の山車も同様ですが、経済力があり山車の祭りにプライドの高い町では、数十年に一度山車を新調し、より大きな、より豪華な山車をと資金と情熱を注ぎ込みます。江戸時代は特にそうで、山車の拡大再生産が盛んでした。(明治になると深志舞台は縮小再生産的な動きが出てきます。なぜでしょうか。)その際古い山車は、中古でもいいから山車をほしいという周辺の町に売却され、その売金が新しい山車建設の資金になります。

面白いのは中古を買った町が既に山車を持っていると、それをまた他所に売却して、玉突き状に山車は周辺地域に広がっていったりします。山車祭りもそのようにして拡大していったものと思われます。

大村にその前のお船があったかどうか分かりませんが、湯の原の前お船を手に入れ、爾来150年余に亘り大村のお船として運航してきました。150年前は中古購入時ですから、新規建造はおそらく200年以上も前でしょう。舞台・お船とは丈夫なものです。

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(大村のお船)

このお船も確か平成16年に木曽地域地場産業振興センターの施工で全面修復されています。私はこのお船の修復以前の姿は知りませんが、大村神社の宮司さんによれば「あのボロボロだったお船が、見違えるようにきれいになった。」とのことで、手をかければ山車は甦るものです。

このお船、勾欄下支輪部の極彩色の牡丹彫刻が印象的です。修復前は殆ど色が残っていなかったそうですが、調査により彩色が確認され再現されました。高山の屋台によくあるパターンで、作者はそちらの関係者なのかもしれません。

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(大村のお船 勾欄下支輪部の牡丹彫刻)

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(大村のお船の彫刻 葡萄リス)

また、一階窓繰縁の「葡萄リス」の素木彫刻が見事です。葡萄リスは伝統的な彫刻テーマで、秋の収穫への祈りのようなものを感じさせます。この彫刻もブドウに取りついたリスの身のこなしが見えるかのよう。舞台彫刻を見る快感に浸されます。

なお、車輪は三輪です。(惣社も三輪、山辺はすべて二輪)三輪だと前後を大きく揺り動かすお船独特の動きや、独楽のように回転させるパフォーマンスはできませんが、安定して曳き回すのは楽です。(もちろんラクな分、情熱も低下しますが)いつの時代にか改造したのでしょう。

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(大村のお船の下部 足回り)

大村のお船も5月3日に曳かれます。お船は2日の宵祭りから神社の鳥居前に横付けされ、3日の午後子供たちを乗せて町内を回るとのことでした。残念ながら仕事のため、惣社も大村もその様子を見に行くことはできませんでしたが。

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(5月4日 須々岐水神社前)

今年は御柱の関係で、里山辺須々岐水神社の例祭は5月の3日4日に行われました。奉仕もあり、4日にお船祭りを見に行きました。数日前からの黄砂が残るものの、陽射しは強く快晴。神社前の参道坂道には薄町を先頭に9艘のお船が犇めくように連なり、宮司の祓いを待っています。やがて人の祓いが済むと、1艘ずつダッシュで大鳥居をくぐり、急カーブを切って境内樹林に駈け込んでいきました。

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(神社に突入するお船 これは下金井)

湯の原町は第2番目。比較的若者が多く、どう猛な叫び声を挙げながら駆け上がるさまは、見る方も快感です。山辺の若者たちは自らをおまつり青年と呼び、ひと月以上前から詰所に拠って祭りの準備を始めるそうですが、このお宮への突入がアドレナリンの最も昂まる瞬間なのでしょう。無事にお船を曳き込むと、須々岐水神社の深い杜が青年たちの体熱を心地よく冷やしてくれます。

昼休みの後、例祭神事。神事の終わりにお船たちは一台ずつ拝殿前に進んで祓いを受け、神前でひとしきりパフォーマンスを行った後、再び自分の町へと船出してゆきます。最後のお船が出て行くと境内は忽ち元の静けさを取り戻し、神々の胎内とでもいうべき神域に還ってゆきました。

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(湯の原町のお船 祓いを受け 神前でパフォーマンスに及ぶ そして退出)

おそらくこんなことが毎年200年以上も繰り返されてきたのでしょう。そして、この先も、多分50年くらいは続いてゆくのでしょうか。それ以上先のことは分かりませんが。

 

 

さて、ご案内があります。来る6月4日、舞台保存会では平成23年度の総会を行いますが、引き続いて「第6回 松本市舞台サミット」を開催いたします。今回の舞台サミットは講演会を行います。講師は立川流彫刻研究所の間瀬恒祥先生です。以下に開催要項を記しますので、ぜひご来場ください。

DSCF1045 立川展ポスター

(間瀬恒祥先生 亀崎潮干祭りにて)(「立川流彫刻展in松本2011」ポスター)

今回の講演は「立川流彫刻展in松本2011」開催による間瀬先生の来松に合わせてお願いいたしました。「立川展」は6月3日から5日まで「あがたの森文化会館」にて開催されます。こちらもぜひご観覧くださるようご案内いたします。

なお、間瀬恒祥先生につきましては(舞台保存会だより29)をご覧ください。

日 時 平成23年6月4日(土) 午後5時30分より

会 場 深志神社梅風閣 3F 飛梅の間 (入場無料)

内 容 講演会 演 題「立川流の変遷と伝統保存のあり方」

講 師 立川流彫刻研究所 主宰 間瀬恒祥先生

※ 講演(6:00開始)に先立ち5時30分より松本の祭囃子伝承スクール指導者によるお囃子の演奏を行います。

 
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