
祭礼に繰り出す山車を、松本では舞台と呼びます。深志神社の例祭に曵かれる氏子町内の舞台は16台。平成13年、女鳥羽川北の2台の舞台とともに「松本市重要有形民俗文化財」に指定されました。
毎年7月24日・25日、天神祭には深志神社境内に16台の舞台が曳き込まれ、各町内自慢の舞台が綺羅を競う様は松本の夏を代表する風物詩です。
*以下の写真をクリックすると各舞台の詳しい説明をご覧いただけます
現在深志神社祭礼(天神まつり)に曳かれる舞台は16台。松本城下、女鳥羽川以南の南深志地区16町が保有しています。その16町は、本町1、2、3、4、5丁目、伊勢町1、2、3丁目、博労町、中町1、2、3丁目、飯田町1、2丁目、小池町、宮村町1丁目で、いずれも江戸時代初めより松本城下町の親町・枝町を構成する古い町です。
平成13年に北深志地区に残る2台(東町2丁目、六九町)とともに、「松本城下町の舞台」として松本市重要有形民俗文化財に指定されました。










深志神社の古伝によれば、元和元年(1615)小笠原忠真公が大阪の陣の戦勝帰陣に際し、南深志十三ヶ町産子に命じ山車舞台を造らせ、社前に曳き入れて各々舞人をして奏楽せしめ、神輿二基、神官騎馬にて奉行警護し南深志を渡御された、と伝えられています。戦国の世が終わり、平和の時代の訪れとともに天神まつりと神輿・舞台行事が始まりました。
舞台の名称が文書に現れる最も古い記録は元禄五年(1692)とされます。当時の舞台はもちろん残っていませんが、どんな姿をしていたのでしょうか。その後、各町内の舞台は代を重ね、現在16台の舞台が綺羅を競っています。
舞台の数は、江戸時代末に13台と記録されています。その後明治期に町会の分割があり(伊勢町⇒伊勢町上丁・中丁・下丁⇒伊勢町1丁目・2丁目・3丁目など)、大正期には16台になっていたようです。
舞台の代替わりを本町2丁目に追ってみますと、
・寛政 5年(1793)舞台建造-天保8年(1837)南安曇郡大妻村へ同舞台売却
・天保 9年(1838)舞台建造-明治21年(1888)北安曇郡大町村大黒町に売却
・明治11年(1878)簡易型舞台建造-本町2舞台庫に現存
・昭和 9年(1934)舞台建造-現在の本町2丁目舞台
のようになり、現在の舞台は、少なくとも4代目であることが分かります。




平成7年、舞台の老朽劣化と舞台行事の衰退を憂慮した舞台町会有志により松本深志舞台保存会が結成されました。その後、保存会員の働き掛けにより、平成11年に東日本鉄道文化財団より支援事業に認定され、平成13年には松本市より『重要有形民俗文化財』に指定されました。
平成11年、博労町舞台の全面修復を皮切りに、支援金、松本市の文化財補助金を活用して、舞台修復事業が始まりました。平成の舞台修復は文化財としての修復を徹底するため、学識者による舞台修理審査委員会による修理方針に基づき、地元伝統職人で組織する舞台修理プロジェクトチームにより施工を行っています。
平成23年現在、12台が修復を終えました。平成の舞台修復事業は間もなく完了します。
昭和14年建造、彫刻は大島五雲(井波)、金具は高岡で、塗りも螺細や蒔絵などあらゆる技術が注がれている。木彫刻・金具・塗りの三拍子揃う最も豪華な松本舞台。平成20年大改修。
昭和9年建造。大工・彫刻・清水湧水、支輪部彫刻・太田南海。昭和の舞台であるが古典的松本舞台の姿を再現している。西王母・寒山拾得など南海の人物彫刻が素晴らしい。平成22年大改修。
四代目の舞台と伝えられる。三代目は明治21年大町に売却された県宝・大黒町舞台。
昭和13年建造、設計監督・彫刻は太田南海。正面の鷁首を始め彩色豊かで形態も特徴的。舞台全体を水鳥に見立てた設計思想が見事。平成15年大改修。
明治初期の建造、本来は屋根のない置台型で古典的な舞台形式。彫刻は少ないが木地が美しい。大きな飾り人形・神功皇后は非常に古く秀逸である。
明治初期の建造、4丁目とよく似た置台型二層構成で車輪も三輪式。御所車型の大きな車輪が印象的、簡素だが典雅な舞台である。人形は菅原道真公であるが現在積載せず。
明治25年頃の建造、三輪二層構成、二階部は唐破風飾り屋根付、垂れ幕囲い。彫刻は龍・鳳・麒麟・亀など。当初の姿は本町4・5丁目と似た置台型舞台と思われる。
明治25年飛騨高山より購入、明治35年頃漆塗り・彫刻を加えて完成したと伝えられる。原田蒼渓(伊勢町)彫になる仙人図などの彫刻が見事な典型的松本舞台。平成21年大改修。
明治25年建造、大工・坂巻儀平。大正11年、立石利喜太郎、清水湧水らにより改造・改修が施され、現在の姿となる。
木彫刻は少ないが錺金具が美しい。全体のバランスがよく清々しい舞台。平成22年大改修。
江戸時代後期の建造、彫刻は名工立川和四郎、人形は鍾軌。二階柱はせり上がり式で下層側面には格子の蔀戸が付く。彫刻・金具・人形とも豪華秀逸で、松本最古・最大とされる典型的舞台。明治3年、平成11年大改修。
昭和9年建造、三代目の舞台とされる。木彫刻などは少なく簡素な舞台だが、人形「猩猩(しょうじょう)」は初代からと伝えられるもので非常に古く秀逸。平成19年大改修。
明治45年建造。大工・彫刻・山口権之正、支輪部の彫刻と人形「神武天皇」は町内の人形師・太田鶴斎作。錺金具や塗りも中町の職人による。
日本昔話や皇朝忠臣列伝など木彫刻が多く、金具・塗りも秀逸な典型的深志舞台。平成21年大改修。
明治27年建造、人形は神職か? 前に進み首と手を振って幣束で祓いの仕草をするからくり人形。下層手摺りの子供の四季行事を描いた木彫刻が楽しく印象的。
明治20年代建造、もと櫓型構成であったという簡素な工法の舞台。飾り人形は須佐之男命で人形師田中徳斎翁の遺作。
明治18年建造、大工・矢沢寅三郎、彫刻は清水虎吉と伝えられ二十四孝や故事説話など人物彫刻が多彩、人形は高砂。二階屋根は2丁目とともに唐破風型。平成17年大改修。
明治5年建造、人形は蘭陵王。上下層とも床面が前方に張り出し、車輪は前輪が小さく後輪が大きい。これは他の舞台と逆で深志舞台の中でも特異な一台。平成18年大改修。
明治27年建造、製作は町内7名の大工ほか地元の技術者による。彫刻は清水虎吉で日本の古典説話や桃太郎を題材にした木彫刻が楽しい。平成17年大改修。
大正7年建造、大工・彫刻は清水湧水、日本神話を題材にした彫刻が素晴らしい質実重厚な舞台。現在北深志地区に残る唯一の舞台で、岡宮神社の祭礼(5月5日)に曳かれる。平成20年大改修。
明治30年建造、制作に関する詳細は不明だが構造は典型的な松本舞台。持送り部の彫刻「葡萄・リス」が写実的で非常に魅力的。四柱神社の祭礼(10月2日)に曳かれる。
当サイトに掲載している画像・文章等の著作権は当神社に帰属します