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舞台保存会だより77 歌舞伎とお囃子スクール

歌舞伎とお囃子スクール
今年もやってきました『信州まつもと大歌舞伎』。2年に一度ですが、どうやら松本の夏の風物詩に定着したようです。そして舞台保存会としては、歌舞伎興行お披露目のお練り「登城行列」への参加が、恒例行事となりました。

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(平成26年 お囃子スクール風景)

登城行列に欠かせないのが舞台と子供たちのお囃子です。お囃子スクールは今年も6月22日から始まり、42名の児童の参加を得て毎週土日に開催されました。もちろんスクールの目的は深志神社の天神まつりですが、歌舞伎のある年は一層熱が入ります。対象は小学生のみですが、今年は当人の強い希望で保育園の年中さんが2人も参加しました。頼もしい限りです。

お囃子スクールは松本で初めて歌舞伎が興行された年、平成20年から始まりましたから今年で7年目を迎えます。最初の年1年生だった子もすでに卒業して中学生になっているわけで、世代が一巡りしたといえます。

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(お囃子を練習する子供たち)

それにしてもスクールを始めたころに比べて、子供たちのお囃子は上手になりました。何年も通い続けている子もいますから当然といえば当然ですが、練習初日から笛に合わせてちゃんと叩きます。もちろん低学年や初めての子は、なかなか上手くいかないのですが、周りがきちんと叩いていると、そのリズムに合わせようと一生懸命叩きます。指導者を見る真剣な眼差しと、全身でリズムをとらえようとする緊張感が清々しい。砂が水を吸うようにお囃子を身につけてゆく子供の姿を見ると、感動すら覚えます。

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(目を輝かせて太鼓を打つ子供)

「松本の祭囃子伝承スクール」は舞台町会の子供の減少と、そのため各町内で行ってきた祭囃子伝授が困難になったことがその始まりでした。町でお囃子の稽古が途絶えてしまった子や、舞台町会外からの子供たちが集まってお囃子を習い、舞台に乗ってお囃子をして、それが7年も継続したのですからこの事業は成功したといえます。

但し今ここで習っている子供たちが、果たして松本の祭囃子を将来に繋げていってくれるのか、それは分かりません。子供たちは指導者になるために習っているわけではないし、何時かこの町を離れて行ってしまう子も多いでしょう。

しかし、子供たちの姿を見ていると、舞台のためとか地域文化継承のためといったレベルではなく、もっと大きな意味のあることがここで伝承されているように思います。それは必ずしも具体的な形としては残らないのかも知れませんが、子供たちの心の中に種として蒔かれ、いつの日かどこかで立派な花を咲かすのではないか…。そんなことを感じます。

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(午前10時 芸術館前 登城行列に向け舞台出発)

さて、7月20日の登城行列は、例によって天候が心配されました。2年前の前回は当日朝の降雨により舞台行事が中止されましたし、今回も数日前から降ったりやんだり、天気は実に不安定でした。予報も決して良くはありません。前日も子供たちには、「明日は朝降っていても直前まで様子を見るので、神社に集まるように」と伝えてありました。

しかし、ふたを開けてみると見事な快晴。怪しげな雲一つありません。どうやら梅雨が明けたようです。

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(本町 松本中央郵便局前 いよいよ出発)

主役の勘九郎さんは

『今日の天気は、父(勘三郎)のプレゼントだと思います。』

とコメントしていましたが、まったく初回のお練りを思い起こさせる真夏の好天でした。

登城行列は例によって松本郵便局前を発し、ホコテンの本町・大名町を北上、一路お城へと向かいます。今回出場した舞台は「伊勢町3丁目」「東町2丁目」それと最後尾に「本町1丁目」の3台。上乗する子供はちょうど40名、笛師3名。午前11時、井上商工会議所会頭の手締めを合図に出発しました。

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(「信州まつもと大歌舞伎」の大幟と大名町を行く行列 中央は井上会頭)

今回の舞台には、お囃子が聞こえにくいとの反省から、舞台にバッテリー式のPA*が搭載されました。笛師さんのためのマイクと、舞台の前後にラッパスピーカーが取り付けられています。(*PA Public Addressの略、拡声音響器機のこと)

舞台の祭囃子というものは繊細なもので、笛は篠笛ですからあまり大音量に響き渡るといったものではありません。太鼓も一階の幕の中で打っていますから、トントンとリズムが聞こえるだけで、近ごろ流行りの太鼓連の太鼓とは景気が違います。もっと調子のいい賑やかな囃子はできないのか、という難しい注文もあったようですが、まずはPAでということで今回の登城行列になりました。

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(PAを使い笛を吹く笛師さん) (舞台上の子供たち)

PAの効果は絶大でした。笛の音が街中に響き渡ります。太鼓は相変わらずですが、笛が響くと子供たちの掛け声も自然と大きくなります。余ったマイクを手にして「ソーリャ」とか「イーヨ」という子供の声も、張り裂けるように街にこだましました。

登城行列は予定通り松本城に到着し、天守閣をバックに市民ふれあい座のパフォーマンス。子供たちはステージの上で役者さんたちに花束を渡して、無事役目を果たしました。

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(人力車でお城に入って行く役者さんたち)

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(天守閣前 市民ふれあい座で) (役者さんに花束を渡す)

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(大役を終えて記念写真)

沿道の人出は信濃毎日新聞の発表で46,800人とのこと。勘三郎さんの頃と変わらずすごい人気です。役者さんたちもお世辞ではなくこのお練りに感激しているようで、夏の松本歌舞伎は当分続くことでしょう。

歌舞伎の登城行列は舞台や子供たちの配置に気を使いますし、例祭直前で非常にハードな行事なのですが、またやりたくなります。次は平成28年の夏でしょうか。

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(入魂式に臨む宮村町1丁目舞台 早くも屋根幌を被っていました)

先立つ7月16日、宮村町1丁目舞台が無事に竣工し、入魂清祓式が斎行されました。

舞台は予算の都合もあり全面改修とはいかず、一階部分だけの半面改修となりましたが、この部分の塗装が正式な春慶の漆塗り仕上げとなって、改修目的を達しました。こんなことを申し上げてはたいへん失礼ですが、ペンキ塗りの醜い舞台がなくなってほっとしています。

現状は一階も二階も黒々としていますが、数年後には一階部分は鮮やかな褐色に変わり、欅の美しい木目を浮き立たせることでしょう。宮村町舞台は再び新たな時を刻み始めたのだと思います。

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(美しく仕上がった宮村町1丁目舞台の胴部分)

次回は、深志神社例大祭、天満宮御鎮座400年祭の舞台行事の報告をいたします。